本日から2日間、LITALICOのインクルーシブ教育中級者養成研修へ。
本日は行動支援計画を作成するワークショップを行いました。
私たちのチームでは、嫌なことがあるとまわりの人に噛みつく子どもの事例を扱いました。
受講生の多くは現職の先生で、この課題は現場での事例をグループとして選んだものです。
このテーマを選んでくださった先生の腕には噛まれた跡もありましたが、現場は本当に大変なんですよね。
こうした現場の悩みをどのように解決していくか、学ぶことができました。
この研修に議員の参加はないようですが、私は議員の方へも自信を持っておすすめします。
インクルーシブ教育では、障害のあるないに関わらず、子どもたち一人ひとりが質の高い教育にアクセスをすることを目指しています。
障害者差別解消法の施行により、最近では行政や議会でも、インクルーシブ教育という単語を用いるようになってきました。
しかし、まだ情報が非常に少なく、コスト効率と教育の質の向上を両立するような政策につながっている状況ではありません。
教育委員会事務局や現場の教員にヒアリングをした際には、インクルーシブな考え方を導入することで仕事が増えることを懸念されていました。
あるいは、できない子どもに合わせると足を引っ張られ相対的に成果が落ちるという先入観もあります。
日本の学校では、おとなしく教室に座って一人の教師が数十人の子どもたちに指導をする方式により授業が行われています。
これは一斉教授と呼ばれる方式ですが、何を学ぶかだけでなく、どのように学ぶかまで決められています。
しかし、子どもたちにとって学び方は多様なのです。
私は昔から勉強するときはソファーやベッドに横になると集中できます。
実はこのブログも、半分くらいはベッドの上で書いてます。
(今日もそうです。)
家族からもちゃんと座って勉強した方が良いと言われたこともありますが、座っても気が散ってしまうことがありますし、自然と横になってしまいます。
横になって勉強することはいけないことだと思っていましたが、今日の研修では、座る以外にも横になったり、立ち歩いたり、人それぞれ得意な学び方の姿勢があると、ポジティブな説明がありました。
実は私だけではなく、友人からも「横になって勉強していた」という話を聞いたことがあります。
その友人は、布団の中では鉛筆を使うと汚れてしまうため、暗算をして問題を解いていたそうです。
センター試験の数学は暗算で満点を取って東京大学に合格しています。
私は勉強が苦手なまま大人になってしったので説得力はありませんが、彼のように成果が出ている事例もあり、学び方は机に座ってガリガリ書くだけではないと改めて実感する機会となりました。
学校で行なわれていることだけが正しいわけではありませんし、他の人にも自由な教育を認めていくことが必要だと感じています。
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学校教育のやり方を変えていかなければ、子どもが排除されてしまうことは避けられません。
しかし、工夫して排除を最小限に抑える必要があります。
教師の裁量で無茶のない範囲で特別扱いを認めることが必要で、それは工夫次第で必ずしもコストが増大することではありません。
また、各自の学び方が多様化することで、成果にも結びつけることも可能になると思います。
明日も研修は続きますが、本当に濃い内容になりそうです。
文教子ども家庭委員会等を通じて提言につなげていきます。
それでは本日はこの辺で。