障害という言葉は忘れたい。障害者と触れ合う機会が多ければ得をする社会へ

本日のテーマは個人的にも特に関心のある「障害(ハンディキャップ)」を扱います。

私の妹は特別支援学校(障害者の方が通う学校)
で教員をしているため、日頃から様々な現場の様々な話を聞く機会があります。

そこで、本日は自宅から徒歩数分の場所にある
「あゆみの家」という福祉施設で「あゆみ祭」というイベントが開催されていたので
参加をしてきました。

あゆみ祭では出店や展示、バザーなど様々なプログラムが用意されており、
障害者と呼ばれる方々が、大活躍されている様子でした。
こちらの施設は地域に密着しているようで、
新宿区で育った妻は小学生の時に授業の一環で施設内の方々と触れ合ったり、
家族と一緒にあゆみ祭も来たことがあるということでした。

今の社会では障害者と触れ合う機会が非常に少ないと感じています。
私も子どものころは、小学校の行事や、
母親に連れられて、わけが分からないながらも施設に遊びに行っていました。

家庭の教育方針もあってか小学校高学年くらいまで触れる機会は多かったのですが、
一般の人と障害者との違いがはっきりわかっていませんでした。
子どもだったので明確に区別する理由もなかったのだと思います。

しかし、年齢を重ねると触れ合う機会は極端に減っていきました。
「障害者って普段どんな生活をしているんだろう?」
そういったことも次第にわからなくなっていきました。

そうして気がつくと、別の世界になったかのように距離が離れてしまい、
交流する機会も皆無になっていました。

最近では比較的、障害者と呼ばれる人たちと接する機会が増えてきましたが、
みなさん車いすに乗っていたりするものの、
才能を発揮して活躍されている方々なので、
文字通りの障害があるように感じることはありません。

障害者手帳が出てきて、
そういえば障害者だったっけ!
という程度のことなんです。

賛否両論あると思いますが、
私は障害者に寄り添うことで、私たち自身も得られることがあるから
触れ合うべきだと考えています。

なぜそのように言えるのか。
それは障害者の方にしか無い「発想」を共有することができるからです。

例えばストローやライターは障害者がきっかけで発明されたと言われています。
障害者だけでなく便利だからこそ使われていますよね。

なんだかベンチャー起業するネタが見つかりそうではありませんか?

また、コミュニケーションの話になるとよくでてくる「発達障害」についても
そういった子どもへどのような言葉をかけるべきかについて考えるとき、
大人同士でのコミュニケーションにも当てはまり役立ったり気付きがあると思います。

もちろん障害の程度によっては、
そんな甘い考えは通用しない!
というご意見も当然あり全てが当てはまる訳ではありません。

しかし、大きな可能性を秘めている人が多いということは、
私のわずかな経験からも感じており、
ポジティブに捉える必要があると思っています。

だからこそ、今以上に社会で交流する機会を増やしていくことや、
障害者だからといって地味な雰囲気で扱っていくのではなく、
よりクールに捉えていく必要があると思います。

そもそも障害という言葉にはネガティブな印象がついてしまっているため、
こうした言葉やイメージから変えていく必要もあると思っています。

引き続き障害者というテーマでは、
ポジティブな視点で見ていきたいと思います。

それでは本日はこの辺で!

ABOUTこの記事をかいた人

伊藤 陽平

新宿区議会議員(無所属) / 1987年生まれ / 早稲田大学招聘研究員 / グリーンバード新宿チームリーダー / Code for Shinjuku代表 / JPYC株式会社